サッカー W杯 予選

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W杯サッカーDVD〜日本代表の歴史〜について

サッカー日本代表【岡田ジャパン】、ワールドカップ4大会連続4度目の出場決定!南アフリカの本大会での勝利を応援しましょう!過去のワールドカップの名場面、アジア最終予選突破の激闘を、DVDに収録!2010年6月の本大会開幕に向け、日本代表チームの最終予選突破の軌跡を振り返りましょう!

ワールドカップ大会の開催地と決勝地

歴代開催地と決勝地

第01回大会 - 1930年 - ウルグアイ大会 - モンテビデオ/エスタディオ・センテナリオ
第02回大会 - 1934年 - イタリア王国大会 - ローマ/スタディオ・ナツィオナーレPNF
第03回大会 - 1938年 - フランス大会 - パリ/スタッド・コロンブ
第04回大会 - 1950年 - ブラジル大会 - リオデジャネイロ/エスタジオ・ド・マラカナン
第05回大会 - 1954年 - スイス大会 - ベルン/バンクドルフ・スタジアム
第06回大会 - 1958年 - スウェーデン大会 - ソルナ/ロースンダ・スタディオン
第07回大会 - 1962年 - チリ大会 - サンティアゴ/エスタディオ・ナシオナル
第08回大会 - 1966年 - イングランド大会 - ロンドン/ウェンブリー・スタジアム
第09回大会 - 1970年 - メキシコ大会 - メキシコシティ/エスタディオ・アステカ
第10回大会 - 1974年 - 西ドイツ大会 - ミュンヘン/ミュンヘン・オリンピアシュタディオン
第11回大会 - 1978年 - アルゼンチン大会 - ブエノスアイレス/エル・モヌメンタル
第12回大会 - 1982年 - スペイン大会 - マドリード/エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウ
第13回大会 - 1986年 - メキシコ大会 - メキシコシティ/エスタディオ・アステカ
第14回大会 - 1990年 - イタリア大会 - ローマ/スタディオ・オリンピコ
第15回大会 - 1994年 - アメリカ合衆国大会 - ロサンゼルス/ローズボウル
第16回大会 - 1998年 - フランス大会 - サン=ドニ/スタッド・ド・フランス
第17回大会 - 2002年 - 韓国・ 日本大会 - 横浜/横浜国際総合競技場
第18回大会 - 2006年 - ドイツ大会 - ベルリン/ベルリン・オリンピアシュタディオン
第19回大会 - 2010年 - 南アフリカ共和国大会 - ヨハネスブルグ/FNBスタジアム
第20回大会 - 2014年 - ブラジル大会 - リオデジャネイロ/エスタジオ・ド・マラカナン

FIFAワールドカップとは

FIFAワールドカップ(ふぃふぁわーるどかっぷ、英: FIFA World Cup)は、国際サッカー連盟(FIFA)が主催する、ナショナルチームによるサッカーの世界選手権である。サッカーの大会の最高峰と位置付けられ、テレビの視聴者数ではオリンピックを凌ぐ世界最大のスポーツイベントである。

本来は「FIFAワールドカップ」が正式名称で、日本国内でそれ以外の表記は一切認められていないが、雑誌や新聞等では文字数制約などの問題から「W杯」と略されることも多い。

かつて日本は「ワールドカップ」と言えばバレーボールワールドカップのことを指していたが、1993年のJリーグ開幕後はFIFAワールドカップを指すことが一般的になった。日本国内においても、一部の特殊なものを除いて「ワールドカップ」「WORLD CUP」は国際サッカー連盟の登録商標である。なお、ワールドカップという名称を世界で最初に付けたのはサッカーである。

ワールドカップの概要

FIFAワールドカップは、予選大会と本大会で構成されており、本大会は4年ごとに行われる(夏季五輪の中間年に開催される、1994年より冬季五輪と同年開催になった)。1930年にウルグアイで第1回大会が行われ、この大会を企画・発案した当時のFIFA会長・ジュール・リメの業績を称えて作られた「ジュール・リメ・トロフィー」をかけて争われた。

1974年の第10回西ドイツ大会までは「ジュール・リメ杯世界サッカー選手権大会」などと呼ばれていたが、西ドイツ大会以降は「FIFAワールドカップ」が正式名称である。

参加できるのは国またはそれに準ずる地域であり、厳密にはFIFAに加盟したサッカー協会を単位とする。例えば日本は日本サッカー協会の代表であり、胸にそのエンブレムをつけたユニフォームを着る。また、香港やマカオのように、それぞれのFIFAが加盟を承認したサッカー協会を持つ地域は、それぞれに出場権がある。

これまでの優勝国は、最多の5回の優勝を誇るブラジルを筆頭に、イタリア・ドイツ(西ドイツ)・ウルグアイ・アルゼンチン・イングランド・フランスの7か国・地域だけである。なお、2002年大会までは前回優勝国は予選免除されていたが、免除に伴う強化不足や収入減少が懸念されたり、予選枠拡大の要望があったりしたため、2006年のドイツ大会からは廃止となった。

以前はFIFAからの優勝賞金は0円であり、各国のサッカー協会が個々に協賛スポンサーを募り成績に応じて自国のチームに贈ることが多かった。現在は、FIFAがワールドカップ本大会出場国に成績に準ずる賞金を支給する。 2006年ドイツ大会では32ヶ国の全ての出場チームに、準備金として100万スイス・フラン(約9000万円)、グループリーグ全3試合分のマッチフィーとして、600万スイスフラン(約5億4千万円)、合わせて700万スイスフラン(約6億3千万円)を支給。これが本大会出場国の最低保障となる。以後勝ち上がるごとに、賞金は増えていく。決勝トーナメント進出(ベスト16)で850万スイスフラン(約7億6500万円)。ベスト8で1150万スイスフラン(約10億3500万円)。ベスト4で2150万スイスフラン(約19億3500万円)。優勝すれば2450万スイスフラン(約22億500万円)。ちなみに、2002 FIFAワールドカップ日韓大会の優勝賞金は1620万スイスフラン(約14億5500万円)。FIFAが2006年ドイツワールドカップで支払った賞金などの総額は3億3200万スイスフラン(約298億8000万円)。ユーロや米ドルではなく、スイスフランで支払われるのは、FIFA本部がスイスのチューリッヒにあるためである。(出典:週刊サッカーマガジンNO.1256 2009.9.15)

2010 FIFAワールドカップでは優勝賞金を3000万ドル(約26億4000万円)にすると、2009年12月3日にFIFAが発表した。また、準優勝のチームには2400万ドル(約21億1200万円)、3位2000万ドル(約18億円)、4位1800万ドル(約16億円)、グループリーグ敗退国(17位〜32位)も、800万ドル(約7億円)を受け取る。 さらに、全出場チームには経費として100万ドル(約8837万円)ずつが支払われる。 賞金総額は、前回のドイツ大会に比べて61%増の4億2000万ドル(約369億6000万円)になる見通し。また、同日FIFAは2010 FIFAワールドカップに出場する選手の各所属クラブに、総額約4000万ドル(約35億円)の補償金(怪我に対する保険金)が支払われると発表した。各クラブには所属する選手1人につき、大会期間中1日1600ドル(約14万円)が支払われる。補償金制度は2014年の2014 FIFAワールドカップブラジル大会でも採用される予定。

「ワールドカップ」という名称でありながら、優勝国に贈られるのはFIFAワールドカップトロフィーというトロフィーである。これは1970年にブラジルが3回目の優勝を成し遂げた際、規定で「ジュール・リメ・トロフィー」が永久保持となったため、それに代わる優勝トロフィーのデザインを一般から公募したものである。ちなみにジュール・リメ杯は1938年にブラジルのリオデジャネイロで盗まれ、現在も見つかっておらず、溶かされて金塊になったとの説が有力。イタリア人の彫刻家、シルビオ・ガザニガのデザインによるこの優勝杯は当該大会の優勝決定後、優勝国のサッカー協会に保存され、4年後の本大会開会式の際に返還されていたが、2005年に純金製の3代目トロフィーが製作されたのをきっかけに、保安上の理由から2006年ドイツ大会以後は優勝国へのトロフィーの授与は行うものの、それ以後の優勝国への保存はなくなり、閉会式終了後再びFIFAが管理することとなる。なお優勝国にはトロフィーのレプリカが贈賞される。

FIFAサッカーワールドカップ歴代の優勝国

2014年 ブラジル
2010年 南アフリカ
2006年 ドイツ イタリア 4回目
2002年 日本&韓国 ブラジル 5回目
1998年 フランス フランス
1994年 アメリカ ブラジル 4回目
1990年 イタリア 西ドイツ 3回目
1986年 メキシコ アルゼンチン  2回目
1982年 スペイン イタリア  3回目
1978年 アルゼンチン アルゼンチン
1974年 西ドイツ 西ドイツ 2回目
1970年 メキシコ ブラジル 3回目
1966年 イングランド イングランド
1962年 チリ ブラジル 2回目
1958年 スウェーデン ブラジル
1954年 スイス 西ドイツ
1950年 ブラジル ウルグアイ 2回目
1946年 第二次世界大戦のため中止
1942年 第二次世界大戦のため中止
1938年 フランス イタリア 2回目
1934年 イタリア イタリア
1930年 ウルグアイ ウルグアイ

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